1日500円の仕事から始まった就職活動【実体験|後編】

社会・経済の仕組み

前回のあらすじ

私の社会人生活は、新卒で入ったフルーツの訪問販売から始まりました 。しかしそこは1日500円しか稼げないというあまりに過酷な環境で、わずか1か月で退職することになりました 。出口の見えない「就職氷河期」の中で、洗脳に近い不安に襲われる日々 。そんな私の救いとなったのが、ある就職支援制度でした 。そこで出会った仲間と励まし合い、ようやく製造職の内定を掴み取ったのです

「これでようやく普通の生活が送れる」――そう安堵したのも束の間、それはさらなる地獄の幕開けに過ぎませんでした

【前編はこちら】
👉 1日500円の仕事から始まった就職活動【実体験|前編】
https://www.hiro10210423.com/eigyo-500yen-taiken/ 

製造現場での初出勤と、繰り返される単純作業の苦痛

いよいよ、新しい会社への初出勤の日を迎えました 。初日はビシッとスーツで出勤したのですが、実際の現場はそのような雰囲気ではなく、先輩方から「スーツじゃなくていいよ」と言われたのをよく覚えています

私の配属先は、私を含めてわずか4人の小さな部署でした 。他の3人は年配の方々で、皆さんとても優しく、頼りがいのある人たちでした 。初日は会社説明を受けたあと、実際に作業を体験して終了しました 。緊張のせいか、終わった瞬間にどっと疲れが押し寄せたのを覚えています

この会社は主に自動車部品を製造しており、1名の事務員を除けば、役員以外のほとんどの社員が製造に集中していました 。私の主な業務は、小型プレス機を使用してトラックなどの部品を加工することでした 。その数は1日約2000個 。朝8時から夕方17時まで、ひたすら同じ作業の繰り返しです

この単純作業の連続は、想像以上に時間が長く感じられるものでした 。「え、まだ5分しか経っていないのか」と時計を見て絶望することが何度もありました 。また、手を酷使する仕事だったため、痛みを感じることも多く、肉体的にも精神的にもかなりきつい日々でした 。次第に私は、「このままこの会社にいて、本当に未来はあるのか」という強い不安に駆られるようになっていきました

厳しい労働条件と、心を支えてくれた出会い

労働条件も、決して良いものとは言えませんでした 。休日は日曜と祝日のみ 。給料は手取りで14万円台、ボーナスもありません 。求人をしっかりと確認しなかった自分にも責任はありますが、この条件で生活していくのは正直かなり厳しいと感じていました 。実際、他の社員の多くは残業を重ねることで、その手当によってようやく収入を補っているような状況だったのです

そんな過酷な労働環境の中で、「本当にこれでいいのか」と自問自答する日々が続いていきました

ただ、救いもありました 。私が働いている間に3か月ほど、2名の派遣社員が来ていた時期があったのです 。そのうちの1人が日系ブラジル人の方で、とても明るく、いつも周囲を楽しませてくれるような人でした 。仕事中は無駄話をせず、非常にメリハリのある方でしたが、40〜50代の彼は「将来はブラジルに戻って起業する」という素晴らしい夢を持っていました

こうした夢や希望を持った明るい人がいるだけで、職場の雰囲気は自然と明るくなります 。何より、私自身もポジティブな気持ちになれるため、本当にありがたい存在でした 。私は彼のようなタイプではありませんが、いつか自分も周りを明るくできるような人間になりたいと、強く感じるようになりました

凄惨な事故と、二度目の離職

しかし、この仕事を始めて1年近くが経った頃、決定的な事件が起こります

それは、鉄の材料を台車のようなもので、私を含めた4人で運んでいた時のことでした 。運搬中にその台車が傾いてしまい、積んでいた鉄が崩れ落ちてしまったのです 。一瞬、何が起きたのか理解できませんでした 。しかしその直後、作業員の1人が巻き込まれ、足を切断するほどの深刻な事故が発生してしまいました。

私もその作業に携わっていたため、一歩間違えれば、自分が同じ目に遭っていたかもしれません 。目の前で起きた光景に、私は強い恐怖を覚えました 。今振り返れば、安全対策を徹底していれば防げたはずの事故でした 。会社にとって利益は大切ですが、それ以上に社員の安全を守ることが最優先されるべきだと、身をもって痛感しました

実はこの事故の3か月ほど前から、人間関係に不満はなかったものの、将来性や金銭面への不安から退職を考えていました 。この事故が決定打となり、私は退職を決意しました 。最高責任者である会長もあっさりと承諾し、私は再び無職の身となりました

一度目は業務委託での失敗、二度目は正社員にこだわるあまり労働条件を確認しなかったことによる失敗 。いったい何度失敗すれば気が済むのかと、自分の学習能力のなさに嫌気が差しました

三度目の正直、そして掴み取った「経理職」

「三度目の正直は、本当に来るのだろうか」 。失意の中にいたとき、運よく以前利用した就職支援制度が再び募集されていることを知りました 。私は迷わず、再びこの制度を利用することに決めました

1年ぶりに戻った研修会場には、以前よりもはるかに多い、100人ほどの参加者がいました 。既卒で就職がうまくいかない人や、早期離職した人がそれだけ多かったのでしょう 。内容は1年前とほぼ同じでしたが、まさか自分が再びここに戻ってくるとは夢にも思いませんでした

しかし、私はもう二度と就職活動を繰り返したくありませんでした 。過去二度の失敗を糧に、「今度こそ経理職に就く」と心に強く誓いました 。そして、賞与ありなどの希望に近い条件の経理求人を見つけ、応募した結果、ついに内定をいただくことができたのです 。

これまでの繰り返しの就職活動のおかげで、自己PRや志望動機は、一語一句間違えずに自然と口に出るレベルにまでなっていました 。これを喜んでいいのかは複雑な心境でしたが……

こうして、私の長かった就職活動は、本当の意味で終わりを迎えました 。そして現在、私はその会社で働かせていただいています

最後に:失敗は決して無駄ではない

これまでの失敗は決して無駄ではなく、確実に次へとつながっていました 。この経験から学んだのは、日々の努力が結果に結びついているかどうかは、非常に分かりにくいということです

水は100度になって初めて沸騰しますが、そこに至るまでの99度までは、見た目にほとんど変化はありません 。しかし、100度に達した瞬間、目に見える変化が現れます 。就職活動もこれと同じです 。努力しても結果が出ないとき、実はもう「95度」まで来ているのかもしれません 。あと少しの努力で、内定という沸点にたどり着く可能性があるのです 。だからこそ、そこで諦めてしまうのは非常にもったいないことです

また、情報を自分から積極的に取りに行き、活用することの大切さも学びました 。人生は大変なことの方が多く、苦労の連続かもしれませんが、前を向いて進み続けなければ、自分の道を切り開くことはできません 。努力しても結果が出ないと悩んでいる方もいると思います。ですが、その積み重ねが、ある日突然結果として現れることもあります。 私はそれを信じて、これからも日々の行動を大切にしていきたいと思います。

もし今、結果が出ずに悩んでいる方がいたら、今日ほんの5分だけでもいいので「自分の未来につながる行動」をしてみてください 。その小さな積み重ねが、いつか突然、大きな結果となって現れるはずだと私は信じています

就職で失敗しないために意識すべきこと

今回の経験から、これから就職・転職を考えている方に伝えたいことがあります。

・求人内容(給与・休日・賞与)は必ず細かく確認する
・「なんとなく」で決めず、自分の将来に合っているか考える
・不安な場合は就職支援サービスなどを活用する

私のように何度も遠回りしないためにも、事前の情報収集と判断がとても大切です。

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