1日500円の仕事から始まった地獄の就職活動【実体験|前編】

おもしろ雑学・教養

1日わずか500円。交通費で消える報酬と「成長」という名の洗脳

「私は新卒で入った会社を1ヶ月で辞めました。理由は“1日500円”しか稼げなかったからです。」

大学を卒業して、私は一度就職しました 。仕事内容はフルーツの訪問販売でした 。個人宅やオフィスを回り、ひたすら飛び込み営業をする仕事でした 。

とにかく手当たり次第に訪問していくスタイルです 。当然、いきなり訪問して簡単に買ってもらえるわけがありません 。20人、いや30人に1人買ってくれればいい方でした 。しかも雇用形態は業務委託で、交通費も一切出ませんでした 。売れなければ収入はほぼゼロです 。実際に、1日500円しか稼げなかった日もありました

「え、これじゃ片道の交通費で消えるじゃん……」

そう思った日は、一度や二度ではありません 。稼ぎの多くはオーナー側に取られる仕組みで、正直かなり厳しい環境でした 。それでも当時の私は、「こういう過酷な環境こそが自分を成長させるんだ」と本気で信じていました 。今振り返ると、少し洗脳に近い状態だったのかもしれません

成績が優秀であれば独立支援を受けられるという制度もあり、そこに魅力を感じて必死に頑張っていました 。ただ、実際に独立できるのは、おそらく100人に1人いるかどうかという世界だったと思います 。そんな現実に次第に違和感を覚え、私は1か月で退職しました

終わりの見えない苦闘と、失いかけた自信

そこから、私の就職活動は長く苦しいものになりました 。求職者支援制度を利用して、月10万円の給付を受けながら職業訓練に通い、少しでも次につなげようとしていました 。訓練を終えたあとは、希望していた経理の仕事を中心に応募を続けました

東京しごとセンターにも通いました 。面接対策、エントリーシートの添削など、無料で受けられる支援はできる限り活用しました 。それでも、結果はなかなか出ませんでした 。応募しても通らない 。面接に進んでも落ちる 。そもそも、希望していた経理の求人自体がそれほど多くなかった記憶があります

「このまま、自分はずっと就職できないんじゃないか」

そんな不安が、毎日のように頭の中を支配していました 。焦り、情けなさ、周りと比べてしまう苦しさ 。気づけば、自分は何のために生きているんだろう、とまで考えるようになっていました 。自分の存在価値すら、わからなくなっていた時期でした

既卒者向け就職支援制度との出会い

なんとか状況を打破しようと、当時の私は「少しでも就職につながる方法はないか」と必死に調べていました 。その頃は、いわゆる就職氷河期と呼ばれる時代でした 。政府も対策として、「3年以内既卒者(新卒扱い)採用拡大奨励金」という制度を打ち出していました 。正確な名称は少し曖昧ですが、その一環として、私が参加した就職支援の制度がありました

その制度では、30〜40人ほどの参加者が2クラスに分けられ、各クラスに1人ずつ講師がつきました 。1か月目は、朝9時から夕方5時まで、ビジネスマナーや面接対策などを学びながら、みんなで就職に向けて準備を進めていきました

そして2か月目になると求人が出され、自分が興味を持った企業に応募できる仕組みでした 。企業と本人の双方が合意すれば、3か月間の研修を経て正社員になる、という流れでした 。その期間中は、たしか月16〜17万円ほどの支給に加えて、交通費も出ていたので、生活面の不安を少し抑えながら就職活動に集中することができました

当時の私は一人暮らしだったので、同年代の人たちとたくさん話せること自体がとても嬉しかったです 。しかも、自分と似たような境遇の人たちと、同じ目標に向かって励まし合いながら進める環境がありました 。お互いに支え合い、協力し合えることで、気持ちも少しずつ前向きになっていきました 。不思議なことに、その頃はどこか学生時代に戻ったような感覚があり、苦しさよりも楽しさのほうが上回っていた気がします

焦りと決断の内定

もちろん、希望していた経理職にも応募しました 。それだけでなく、車の部品を製造している会社にも、製造職として応募しました 。今振り返ると少し甘い考えだったのかもしれませんが、将来的には原価管理など、数字を扱う仕事ができたらいいなと思っていました

まずは希望していた経理職に応募しました 。しかし、なかなか合否の連絡が来ませんでした 。私のほかにも3名ほど応募者がいたため、選考に時間がかかっていたのかもしれません 。そんな中、製造職のほうが先に結果が出ました 。内定をいただき、私はその会社で働くことを決めました

本当は経理の仕事がしたかった 。それでも当時は、それ以上に「とにかく早く正社員として働きたい」という気持ちのほうが強かったのだと思います 。ようやく就職が決まり、「これで安心できる」と思いました

しかし、その安心は長くは続きませんでした 。このあと、さらに波乱の日々が始まります

この経験から学んだこと

今回の経験を通して、私はいくつか大切なことを学びました。

まず、業務委託という働き方のリスクです。
成果が出なければ収入はほぼゼロ。さらに交通費も自己負担となると、生活は一気に厳しくなります。「頑張ればなんとかなる」と思っていましたが、仕組みとして厳しい環境であることを身をもって知りました。

次に、「成長できる環境」と「搾取される環境」は違うということです。
当時は「厳しい環境こそ自分を成長させる」と信じていました。しかし実際には、努力しても正当に評価されない環境も存在します。大切なのは、努力の方向が正しいかどうかだと気づきました。

そして、合わない環境から離れることは逃げではないということです。
1ヶ月で辞めたことに対して、当時は強い罪悪感がありました。でも今振り返ると、あのまま続けていたら心も体も壊れていたかもしれません。早めに決断したことは、間違いではなかったと思っています。

最後に、環境が変われば、人は前を向けるということです。
就職支援制度で同じような境遇の仲間と出会い、支え合いながら進むことで、少しずつ気持ちが前向きになっていきました。一人で抱え込むのではなく、頼れる場所に頼ることの大切さを実感しました。

もし今、同じように悩んでいる方がいたら伝えたいです。
うまくいかないのは、あなたの能力のせいではなく、環境の問題かもしれません。
無理にその場所にとどまる必要はありません。環境を変えることで、道は必ず開けます。

コメント

タイトルとURLをコピーしました