2008年、夏。往復航空券だけで飛び出したタイ・カンボジア3週間の回想録 第二章:カンボジア編

おもしろ雑学・教養

前回の記事の続きです。https://www.hiro10210423.com/wp-admin/post.php?post=1380&action=edit                                 タイの熱気に身を任せ、見学したい場所を一通り巡り終えた私は、充足感とともに次の目的地への渇望を感じていました。地図を広げ、次なる一歩を模索する中で足を向けたのは、やはりバックパッカーの聖地・カオサン通りです。多国籍な旅人が行き交い、混沌としたエネルギーに満ちたその通りで、私は一軒の日本人が経営する旅行代理店に立ち寄りました。

店内の壁には、手書きのポップや色鮮やかなツアーパンフレットが所狭しと並んでいました。その中で、私の目を釘付けにしたのが**「3泊4日 カンボジア・アンコールワットツアー」**の文字です。料金は確か2〜3万円ほどだったと記憶しています。初めてのカンボジアということもあり、未知の国への不安はありましたが、このツアーには日本語スタッフの手配やビザの代行取得まで含まれていました。「これなら、今の自分でも安心して一歩踏み出せそうだ」。そう確信した私は、その場で申し込みを済ませました

今回のツアーを共にするのは、私を含めて3人の日本人でした。私のほかに、20代半ばくらいの活動的な女性が1人、そして30代後半くらいの落ち着いた雰囲気の男性が1人。2人とも非常に社交的で、初対面の挨拶を交わして間もなく、これから始まる冒険への期待感からか、私たちはすぐに打ち解けることができました


陸路での国境越え:ポイペトの緊張と予期せぬ出会い

旅の始まりは、バンコクからカンボジア国境の街・ポイペトを目指すミニバスでした。島国である日本で育った私にとって、車に揺られたまま隣国へと渡る「陸路の国境越え」は、それ自体が非常に刺激的で貴重な体験です

ポイペトに到着すると、そこには観光地の華やかさとは無縁の、どこか物々しい空気が漂っていました。軍人か警備兵のような鋭い眼光を放つ人々が、常に周囲を監視しているのです。ビザの取得や入国手続きを待つ間、私は「今、まさに国を跨ごうとしているのだ」という独特の緊張感に包まれていました

そんな張り詰めた空気の中、入国待ちの列で私のすぐ前に並んでいた一人の女性に目を奪われました。あまりの美しさに、場違いだとは思いながらも思わず見惚れてしまったのです。ふと彼女が手にするパスポートが目に入り、そこにはロシアの文字がありました。「ロシアの女性はきれいだ」という噂はかねがね聞いていましたが、実際に間近で目にするその透明感と美しさは、私の想像を遥かに超えるものでした


砂ぼこりに塗れたシェムリアップへの道

無事に入国手続きを終えた私たちは、大型のバスに乗り換え、アンコールワットの拠点となる街・シェムリアップを目指しました。車内には私たち3人のほかに、大きなバックパックを抱えた欧米からの観光客が大勢乗り込んでいました

しかし、当時のカンボジアのインフラ事情は、私の予想を遥かに下回る過酷なものでした。道の大半は未舗装の土の道で、激しく揺れる車体とともに、猛烈な熱気が車内にこもります。窓を閉め切るなど到底不可能な暑さだったため、やむなく窓を全開にして走るのですが、そうすると今度は大量の赤土の砂ぼこりが容赦なく舞い込んできます

運の悪いことに、その日の私はお気に入りの白い半袖シャツを着ていました。結果は火を見るより明らかです。あっという間にシャツは真っ白から、薄汚れた茶褐色へと染まり、私は「なぜ今日に限って白を選んでしまったのか……」と心の中で深く後悔しました

一方で、周囲の欧米人観光客たちは、この砂まみれの状況すらも「旅のアトラクション」であるかのように楽しんでいました。大声で笑い、はしゃぐ彼らの姿を見て、トラブルや不便さを楽しみに変える彼らのマインドは、私たち日本人とは少し違うのかもしれない、と感じたことを覚えています

ちなみに、この約1年半後に再び同じツアーでこの道を訪れた際、道は見事に舗装され、以前の面影がないほど整備されていました。わずかな期間でこれほど劇的なインフラの変化が起きるのかと、カンボジアの急速な発展のエネルギーに驚かされたものです

道中、私たちは別の車に乗り換え、さらに深くシェムリアップへと進んでいきました。窓の外には遮るもののない広大な大地が広がり、まるで地平線がすぐそこに見えるような錯覚に陥りました。やがて街が近づくと、また別の驚きが待っていました。素朴で土着的な生活感が漂う街並みの中に、突如として豪華絢爛な高級ホテルがいくつも姿を現したのです。そのあまりのアンバランスさは、どこか現実離れしていて、まるでディズニー映画のセットの中に迷い込んだような不思議な感覚でした

ようやく到着した宿泊先のホテルは、想像以上に立派なものでした。重厚なロビーに迎えられ、長旅と砂ぼこりで疲れ果てた私の心身は、ようやく安らぎを取り戻すことができました


LEAD Technologies Inc. V1.01
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聖域アンコール・ワット:歴史の重みと日常の風景

翌日、私は今回の旅の最大の目的であるアンコールワットへと向かいました。現地に足を踏み入れてまず驚いたのは、その巨大な遺跡が地元の人々の日常にあまりにも自然に溶け込んでいることでした

世界中から観光客が集まる一方で、現地の人たちにとっては、どうやら無料で気軽に出入りできる身近な場所のようで、遺跡の周辺では地元の子どもたちが無邪気に走り回り、楽しそうに遊んでいます。現地の人々にとっては、ここは畏まった観光地ではなく、誰でも気軽に出入りできる身近な「広場」のような場所なのだと感じ、その光景が強く印象に残りました。

観光中、混雑した通路でうっかり他の観光客と肩が触れてしまいました。私は反射的に「Sorry」と英語で謝りましたが、顔を上げると相手も日本人でした。お互いに日本人だと分かっていながら、異国の地であるがゆえに咄嗟に英語が出てしまい、その後になんとも言えない気まずい空気が流れたのも、今となっては微笑ましい思い出です

タイでも数々の壮麗な寺院や遺跡を見てきましたが、アンコールワットのスケールはやはり別格でした。約900年前にこれほどの規模の建造物を、これほど精緻に作り上げた当時の技術と熱量には脱帽するしかありません。長い年月を経てもなお衰えない圧倒的な存在感、石造りの回廊に刻まれた緻密なレリーフ、歴史の重みが静かに語りかけてくるようなその空間を歩いているだけで、私の胸は高鳴り続けました

さらに、私はジャングルの中に眠る遺跡、ベンメリアにも足を延ばしました。ここはまさに**『天空の城ラピュタ』の世界**そのものでした。崩れ落ちた巨大な石塊を、力強い木々の根が包み込み、自然と人工物が一体となって朽ちていく姿は、言葉を失うほどの美しさでした。あの独特の静謐な空気感は、今でも私の記憶に鮮明に刻まれています。自然を愛する私にとって、日本国内では決して出会うことのできないこの光景を自分の目で見られたことは、この上ない喜びでした

LEAD Technologies Inc. V1.01
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旅人たちの価値観と、拭えない葛藤

この旅では、多くの人々との出会いが私の思考を刺激しました。 ツアーに同行してくれたカンボジア人のガイドさんは、一度も日本に行ったことがないにもかかわらず、驚くほど流暢な日本語を操っていました。わずか2年間の独学で習得したというその努力には、心から感服しました

彼は「日本語は発音が本当に難しい」と苦笑いしながら話してくれました。特に、同じ「はし」という音でも、**「橋」なのか「箸」**なのかという高低の使い分けに苦労したそうです。私たちが無意識に行っている使い分けを、ゼロから学ぶ外国人にとってはどれほど高い壁であるか。彼の言葉を通じて、自分の母国語を客観的に見つめ直す貴重な機会となりました

また、ツアー仲間の女性の存在も印象的でした。1年間のアメリカ留学経験があるという彼女は、英語が堪能なだけでなく、その向上心が凄まじいものでした。彼女はガイドさんから新しいカンボジア語を教わると、その場ですぐに質問し、間髪入れずにメモを取ります。「短期間で結果を出せる人には、これほどの熱意と姿勢があるのだ」と、彼女の振る舞いを見て強く納得させられました

一方で、彼女がこぼしたある一言が、私の心に深く残っています。道端で穴の空いたホースから水が漏れているのも気にせず水撒きをしている現地の人を見て、彼女は「この国の人たちとは、たぶん価値観を分かち合えない気がする」と漏らしたのです。それは少し冷徹な言葉にも聞こえましたが、旅先で直面する拭いようのない「文化や感覚の差異」を象徴する言葉のようにも感じました

ベンメリアでは、別の日本人観光客とも出会いました。大阪出身だというその旅人は、世界中を渡り歩いてきた猛者でしたが、「一番カルチャーショックを受けたのは東京だった」と意外なことを口にしました。彼が東京の電車に乗っていた際、目の前で倒れた人がいたにもかかわらず、周囲の人間がまるで何も起きていないかのように無関心を装う姿を見て、「東京はなんてドライな場所なんだ」と恐怖を感じたというのです

確かに、私が暮らす東京には、過度な干渉を避け、他者と一定の距離を保つという文化があります。それはトラブルを避けるための自衛手段かもしれませんが、他国の情熱や人との近さに触れた後では、確かにその「静かさ」が異常なものに映るのかもしれません

そして、街を歩いていると、観光客に声をかけながら小さな品物を売ろうとする子どもたちや、支援を求める子どもたちの姿を目にすることがありました。小さな手を差し出してくる彼らに対し、私は何度も自問自答を繰り返しました。「ここでお金を渡すことが、本当にこの子の将来のためになるのか?」「物乞いをすればお金がもらえる、という成功体験を与えてしまうだけではないか?」。

結局、私は最後まで何も渡しませんでした。それが正解だったのか、今でも答えは出ていません。しかし、こうした正解のない問いに頭を悩ませ、自分の無力さや葛藤に向き合うことこそが、旅の持つ真の意味なのだと今は思います


結びに:旅が教えてくれたこと

3週間にわたるタイ・カンボジアの一人旅は、私に多くのものを与えてくれました。 異文化の美しさに触れ、壮大な歴史の片鱗を肌で感じ、そして何より、自分とは全く異なる背景を持つ人々と出会い、対話したこと。そうした一つひとつの経験が、私の凝り固まった価値観を揺さぶり、世界を少しだけ広く見せてくれたように思います

こうして当時のことを振り返りながら書いていると、あの時の熱気や砂ぼこりの匂い、そして心の高鳴りが鮮明に蘇り、無性にまた海外へ飛び出したくなってしまいます

もし今、海外旅行へ行くかどうか迷っている方がいるなら、私は迷わず「行ってください」と背中を押したいです。画面越しの情報だけでは決して得られない、予想外の出来事や、自分自身を成長させてくれる出会いが必ず待っています。不安はあるかもしれませんが、行ってみれば意外となんとかなるものです。あなたにも、人生を彩るそんな貴重な体験を、ぜひ味わってみてほしいと思います


【番外編】バンコクでのトラブルと教訓

最後に、この旅で経験した最大の失敗についても触れておこうと思います。 実は私は、バンコク滞在中に携帯電話を紛失してしまいました。おそらく、どこかに置き忘れたか盗まれたのだと思います

意を決してバンコクの警察署へ向かい、片言の英語でなんとか事情を説明しました。その時、なんとか発行してもらったのが「紛失(または盗難)証明書(ポリスレポート)」です。もし同様の状況に陥った際は、以下のように伝えてみてください。

【海外でスマホをなくした時に使える英語】

  • I think I lost my phone.(たぶん携帯をなくしました)
  • My phone was stolen.(携帯を盗まれました)

【海外で盗難・紛失時に大事なこと】

  • 現地警察でポリスレポート(紛失・盗難証明)を発行してもらう
  • 海外旅行保険の請求に必要になることがある

この時発行してもらった証明書のおかげで、帰国後に保険金を受け取ることができました。海外で何かを失くしたり盗まれたりした際は、警察で証明書をもらうことが非常に重要です。保険適用の可能性がぐっと高まるので、どうか諦めずに行動してください

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